バックログ1(配信冒頭~額縁の謎)
・配信開始。目をキラキラさせた状態で登場する風街ピリカ。
・段取りの説明。
・これまでの旅路の振り返り。
・サインのお披露目。異世界文字で「風街ピリカ」と書いている。
・異世界転送までのカウントダウン。「0」になると同時に
風街ピリカが「部屋」に転送される。
#風街ピリカ
……ここは……?
#
記憶ははっきりしている。FRプロによる現実世界への転送までのカウントダウン。
その直後、一瞬意識を失ったような感覚を覚えた。
体には……特に異常や負担は感じない。
眩しさに耐え目を開ける。そこは――
――見知らぬ部屋の中だった。
見たところ木造の小屋のようだ。
目立つ物は……机、鏡台、壁掛けの額縁といったところか。生活感の薄いかなり簡素な部屋だ。
鏡台の鏡に映った自分の姿に目をやる。
翠緑の衣装、少し長めの茶髪、藍色の目。
自分の姿はいつも通りだったが、表情は不安からか強張っていた。
また、いつも身に付けている茶色の鞄もそのまま手元にあることに気付いた。
中身は転送される前と同じだ。
#
「花の妖精にもらった花」
#
「燃える木の葉」
他にも色々……
僕が旅の中で集めてきた、大事な思い出の品だ。それらを見て少し心を落ち着ける。
確かFRプロの話では、「綺麗な風景の場所」に転送してくれるはずだったが……
屋内というのはどうもイメージに合わない。
何か技術トラブルでも起きたのだろうか?
そんなことを考えながら見渡しているうちに奇妙なことに気付く。
#風街ピリカ
この部屋……扉も、窓も無い……?
#
その部屋と外を繋ぐものがどこにも見当たらなかった。
それでは僕はここにどうやって入ってきたのだろうか?
……いや、FRプロによる「転送」でここに来た。
入口なんてものは必要ないのだ。
ということは、今僕は密室に……?
#???
その通り、ここは密室だよ。
#
不安を覚え始めたその時、どこからともなく声が聞こえた。
無機質で、ボイスチェンジャーで加工されたような声。
性別も、年齢も、察する材料が何も無い白紙の声。
#???
私はFRプロダクションの責任者。
風街ピリカ、君といつもやり取りをしている者だよ。文章やデータ上でね。
#風街ピリカ
なるほど……声を聞いたのは初めてなので驚きました。
それなら話が早い。責任者さん、転送場所はここで合っているんですか?
「綺麗な風景」というからには、外に転送してもらえるものだと思っていたのですが……
#FRプロ
あぁ、そこで合っているよ。私が君を意図的にこの部屋に送り込んだ。
なぜなら君には、この部屋を使って知ってほしいことがあったからね。
#風街ピリカ
知ってほしいこと……一体どういう……
#FRプロ
一つ質問をしよう。
君は「風街ピリカ」という自分自身の存在に違和感を覚えなかっただろうか?
まるでファンタジー作品に出てきそうな異世界の人間が、この現実世界で難なくコミュニケーションを取れることに。
よりによって日本語を話して、現代社会の文化や娯楽にも適応していることに。
#
問われて考えてみる。自分が現実世界の皆と話ができていること
それは……僕が「魔法の紙」で現実世界のものを取り寄せて勉強したからだ。
何も違和感なんてない。僕はそういう存在なのだ。
……本当に……?
#FRプロ
「魔法の紙」を使って勉強した。
そうだな、少々強引な「設定」だが、不自然とまで感じた者はそういなかっただろう。
ましてや「真実はどうなのか」なんて追及したり尋ねたりした者も。
無理もない。「VTuber」という文化に私が紛れ込ませたのだから。
「VTuber」とはそういうものだという隠れ蓑があったのだから。
#
FRプロの責任者と名乗るこの人は、こちらの思考を読んだかのように淡々と話をまとめた。
いや、それにしても気になったのは……
#風街ピリカ
ちょっと待て……「設定」だって……?
#FRプロ
風街ピリカ、君の記憶の大部分は私が「設定」したものなんだよ。
君の記憶、自己認識……
不必要なものは削除し、「異世界の吟遊詩人」として自らが違和感を持たずに活動できるように。
私がそう作り上げたんだ。
#風街ピリカ
記憶を……作り上げた……?
#FRプロ
君は吟遊詩人VTuberとして活動を始めた。
その前は世界の色んな場所を旅してきた。その思い出を動画や音楽で届けてきた。
……君は、その旅先に至るまでの過程を思い出せるだろうか?
それ以外の生活は?自分が生きてきた証拠になる記憶は?
#
戸惑いつつも、自分の中で思考を進めてしまう。
問いに反応して自分の記憶を探ってみるが、出てくるのは動画や音楽で綴ってきた断片的な部分のみ。
いくら思い出そうとしても……それ以外の記憶が無かった。
僕はどうやって生きてきた?
……そもそも、僕は「生きてきた存在」と言えるのか……?
#FRプロ
……さて、こちらとしても早く始めたいものでね。そろそろ動いてもらおうか。
風街ピリカ、君には「君自身の謎」を解いてもらいたいんだ。
#風街ピリカ
僕自身の謎を……解く……?
#FRプロ
そうだ。それが私にとっても、君にとっても良い結果に繋がる。それは保証しよう。
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それは一見すると怪しい言葉だったが、なぜか疑いの気持ちは湧いてこなかった。
彼の確信めいた話し方だろうか、それとも、僕が素直すぎるのだろうか。
ともかく、内に湧いている疑問を解消したいという気持ちが大きく、無理に反論する気は起きなかった。
#FRプロ
まずは君がいる「異世界」について知ってもらうとしよう。
#
そう言うと彼(彼女かもしれないが)は気配を消した……ように感じた。
直後、部屋の真ん中にある机の上に複数枚の写真が現れた。
一目見てすぐに分かった。そこに写っていたのはとても見慣れた景色だった。